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日々を愛しみつつ、感じたことを綴る日記です。子どもが夢を描ける未来のため、私たちが輝きましょう! 

松原美里の謳歌ブログ「大人が輝く背中を見せる」


ピッコロ2日目報告 後編~育ちの脳内マップ・大人の「黒さ」・プラスの意図・人として尊重する

ピッコロさん2日目報告、後編。



う~ん。すごさは分かる。

でも、どうやってそうなっているんですか?

どうかかわっているからこう育つんですか?


自分が実践の側と考えた時に、

不思議でしょうがないピッコロさんの保育現場。


子どもたちが素晴らしすぎるのです。



中島先生にその源を訪ねると、

先生の顔色をうかがう子どもたち。

どうしてなんだろう?

何がそうさせるんだろう?

~そう考え続けた結果が、今の保育実践につながっているとか。



気付きとエピソードを共有します。


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●育ってる?~育ちの脳内マップ

「育ってるねぇ。」

~こんな言葉を保育スタッフの皆さんがよく 

嬉しさを噛みしめるようにおっしゃるのですが・・・


文脈を聴いている中で、なんとなく見えてきた脳内マップがあります。



ここの皆さんは、毎日

同時進行で進む30人前後の子どもたちのドラマをよ~く観察されています。


そのドラマは毎日連載で、しばらく渋滞や後退したかと思うと

急激に進行したりしてドラマが起こります。



それが、おそらく3歳前後から5歳で卒園するまでの

人間社会で生きていくための基盤となる課題――

---みなさんは「根っこが育つ」という言い方をしますが、

書面はないものの 軸のあるマップの上に、おそらく立体で

みなさんの脳裏の中に見えているようなのです。



軸は、私が思いつく限りでは、こんな感じでしょうか。

・自分自身である

・自分が好き

・お友達との関係性~お互いを尊重できる

・“群れ”の意識~誰かのために

・大人に自分の気持ちを伝えられる

・お友達に自分の思いを伝えられる

(おかしいと思ったことをはっきりと言える)

・感謝

・安全

・命(いのち)

・自分で動いて、世界を変える

~などなど。


棒グラフの0からグ~ッと伸びたところが小学校に上がった時に

社会で自分として健やかに生きていける「力」をまとった状態、として

全ての子どもたちの「今」が頭に入っており、毎日 書き換えられて行きます。


えっ、全員?

~そうなんです。

全ての保護者が、ピッコロのすべての子の育ちを自分ごとでとらえており、

「誰がどうした」といった視点を持たず、大切に考えているのです。



それは、それぞれの保育スタッフや保護者が

子どもたちを見守る中で見られた場面や育ちを

日々の中・保育MTG・金曜日の懇談会などで、全員で共有しているからでしょう。


(ピッコロさんは広報も環境も入園係さんも、保育メインの中島先生以外は

 全て保護者によって成り立っています。

 日々の活動の中でも、つねに話題は子どものこと・お互いのこと。

 情報共有の機会にもなっているようです)


保育・育ちの視点や課題を、余すことなく保護者と共有し、

来たるべき育ちのタイミングを信じて、みんなで“待って”いるのです。



愛ですね。



●大人は「黒い」という自覚

人は誰しも、気が付かないうちに「フィルター」や「色眼鏡」を掛けて現実世界を見ています。

これは、システムシンキングの勉強会STARクラブでも散々学んだことですが・・・。

子どもの取る行動に対しても、私たちはとことん 「色眼鏡」を投影してしまっています。



保育の中で、子どもが投げた少し大きめの石が 先生の足に当たりました。

けれども、本人は何気なく移動しようとしています。

気付かなかったのか?

たいしたことないと思ったのか?


おや?と思ったことを流さないのが ピッコロさんのすごいところ。

「あれ?いま、石が当たったな。」

その子に伝えました。


その子はふーんといった感じでまた、流そうとします。


「ね、石 大丈夫?」

気付かないのか、無意識なのか、そんな気はなかったのか、

ちょっとわざとだったのか、聞こえないふりをしているのか?

私はどちらだろう・・・と考えながら見守っていました。


「石、当たらなかった?大丈夫?」

「うん。」

「石投げたら、どうなるんだっけ?」

「・・・ぶつかる。」

「うん、そうだよね。

 ぶつかったら、どうなるんだっけ?」

「痛い・・・。」

「先生もいま、痛いところだったよ。大丈夫だったけど。」

「・・・。」

「どんなつもりだった?」

「・・・。」


「ぶつかる、ってわかってた?

 ちょっとわざとだった?

 そんなつもりはなくて、びっくりした?」

「・・・。」

「(様子を見て)

 気を付けてね。」


彼が行った後に、

「ああいうところ、(育ちの課題が)あるんだよね。」

と、教えてくれました。

そして今のは、意図的が入っていたか、ビックリしちゃったか、気づいていなかったか・・・?

一緒に仮説検証をすることに。


「聞かれたときに目線が泳いでいなかったから、

 誤魔化してはいないと思うんですけど。」

「考えなしでやっちゃったか?」

「う~ん、大丈夫だろうと思って投げたか・・・。」

「当たらないと思って投げたら当たって、

 でも大したことなさそうなところでスルーできると思ったら声掛けられた?」


う~ん。

本当に悪意はなかったのか、どうなのか。


「う~ん。大人は黒いからなぁ~。」


どちらとも取れる。

けど、現場でここまで真剣に一つのちょっとした出来事を真剣に掘り下げて考えることってあるだろうか?

もしも、何気なく「こうなんでしょ」と分かったつもりで代弁の声掛けをして、

本当はそうじゃなかったとしたら。

まっすぐな優しい心が、傷ついてしまう。



大人は、ここまで生きてくる中でさまざまな出来事があって

それが風景を見る上でのメガネ(色眼鏡)になっている。

もしも、前後の文脈や様子から決めつけてしまったとしたら?


家族以外で初めて社会で出会う「信じてほしいであろう人」に

濡れ衣を着せられてしまうことになるんですね。


この傷つき、けっこう深いです。


だからといって、子どもは天使でもない。

「性善説」とか「性悪説」とかいいますが、

どちらも持っているのが人間の自然な成長の姿です。


本当は、何が起こっているのか?


決めつけないで、とことん掘り下げて可能性を考えつつ

「願い」へ向けて“育つ”ための布石を敷いていく。


その際、大人は「黒い」からなぁ~という自覚を少し持っておくだけで

子どものまっさらな真実が見えやすくなるかもしれません。


●「強い」の意味

ある時、子どもが遊んでいたボールが塀の下の車道に落ちました。

ピッコロさんでは日々どう伝えているのか本当に不思議なのですが、

一人一人の中に「いのち」の意識が深く入っており、

基本的には勝手に車道に降りたり飛び出したりする人はほぼいません。



が。この時、一人の子がボールを取りに下りてしまったのです。


3歳の子がえらいこっちゃ…という使命感と一緒に

「中島先生に、言おう!」「中島先生!!あのね・・・。」

~と、その出来事を伝えに来ました。



鼻息荒く「ボールが落ちてね、下に降りちゃったの!!」と伝える年少児(3歳)。

(ここで私ならきっと、お話を聞いた時点で

 現場に駆けつけてしまったかもしれません。)

先生は、うん、うん。と話を聞いた後に、

「そうか~。それ、○○はどう思った?」

「いけないと思った。」

「うん。どうしていけないって思った?」

「お腹がね、チクチクってね、痛くなってね・・・。」

「うんうん。怪我をするから危ないんだよね。」

「どうしたらよかったって思った?」

「うんとね、チクチクって・・・。」

「そうだね。ありがとう。」

~3歳の彼は、怪我をすることがあるから危ないから、飛び降りてはいけない。

というところまでは、(信念として)入っていることが分かったそうです。

「それ以上は、まだこれから(の成長課題)か。」



・・・そうこうしているうちに、どんどん大事件の様相を呈してきたピッコロさん。


ざわざわした気配に「何かが起こったようだ」と感じた子どもたちが集まり始め、

「○○○さん」と、別の保育スタッフに訴えている子もいます。



ピッコロさんでは、ある事件が起こった時に “人ごとにしない”。

“自分ごととして、出来るかかわりを選択する”ということを普段から行っており

(どうやればそう入っていくのか、そのプロセスが見たいものです)、

「えらいこっちゃ」と感じた人たちが口々に 

下に降りた本人に「いいの?!」と話をし始めます。


そして、「パイン(年長)集合!!」という声が掛かりました。

すると、使命感を感じた年長児のパインさんたちが続々走ってきて、

状況を聞くや否や、本人にお話をし始めます。



なんだか、すごいことになっている。

そんな思いで見守っている中で、ふと保育スタッフの方と

「パイン集合、掛かりましたね。」

~なんて話をしていました。

「掛かるもんなんですか?この集合」

「自分たちが大事なことだ、と感じたことの時には時々かかりますね。」

・・・ふと、気になった私。

「いったい誰が、どうしてパイン集合を掛けたんでしょうね?」

・・・聞いてみると、年中の女の子が発信者でした。


これまで、予測で「きっとこうなんじゃないですか」と予測して(仮説で)いう癖があった私ですが、

こちらへ来て、様々な場面で自分の予想とは違った答えが子どもたちから出てくるのを目の当たりにして

予測はそこそこに、本人に話を聞いてみることに。


「どうして“パイン集合”、っていったの?」

「・・・強いから。」

「ああ~、強い。」

「男子と、○○は強いから。」

 (・・・とまた、ここで納得して“強い”の意味づけを自分流にしそうになるのを止めて)

「強いって?なにが強いのかな?」

「・・・言葉・・・。」

言葉、というニュアンスの中に 影響力・説得力・愛情など

さまざまな要素が含まれているのを私たちは感じ取りました。






そうか。

自分たちが最初に説得したけど(その様子は見えていました)相手に伝わらず、

どうしていいか分からなくなって「パイン集合」とパインに願いを託したのです。



ジャイアンのような“強さ”をイメージしていた私は、

またもや決めつけなくてよかった・・・と思いました。

同じ言葉を使っていても、その意味付けや理由は人それぞれなのだということを

あらためて感じました。



「とにかく、本人たちに聞いています。」

~そうおっしゃる保育スタッフの皆さんの言葉の重さが懐に沁みてきました。



●マイナスの行動と、プラスの意図

ボールの一件の続きですが、

かわるがわる人が呼ばれるものの、本人はしゅんとするだけで

あきらめたような、煮え切らない態度になっていきました。


中島先生が通りかかった際も本人、スルーをしたそうなのですが、

行き過ぎた後に先生、

「ボールを取ってあげようとしたんだよね」

~と声を掛けました。

すると、本人 戻ってきてギュッと手を握ったそうです。

「ボールが出ちゃったから、良かれと思って 

 取ってあげようとして下に降りちゃったんだよね」

本人、先生に体を預けて甘える素振りに。

分かってもらえて、嬉しかったようです。

「でもね・・・。大事な“いのち”だから。分かるよね。

 ボールを取るなら、どうすればよかった?」

「・・・大人を呼べばよかった」

「そうだね。」


一見マイナスに見える行動があって、

たとえばみんな良かれと思って、大事なことを伝えなくちゃとその点をお話しするわけですが

NLPの概念にもちょっと似ているものがあるのですが

“マイナスの反応にも、プラスの意図がある”、というもの。



最初っから困った行動をしようとして行うわけではなく、

そこには必ず、プラスの意図がある。


そこに焦点を当て、寄り添うことで 

結果的に大事なことを受け入れられるようになる。

~ということを、しみじみ感じた出来事でした。



*さまざまな視点からの一部始終がなぜ分かるかというと、

 保育共有MTGにて、時系列で皆さんの視点や出来事のすり合わせを行ったからです。



●「こども」ではなく、「その人」として世界を分かち合う

自分でも気づいていなかったんですが、

ここで私はたくさんの子どもたちの「真実」に出会い、

この人たち、ホントにすごいな~!!という視点がむくむくと湧き上がりました。



「子ども」というメガネが掛かった状態から、

「この人」という個人への敬意に移行したのでしょう。



すると、不思議とみんながさりげなく私を仲間に入れてくれるようになりました。


ああ、私が「子どもメガネ」で見ていたことを、感じていたんだな。と。

「この大人は、こういうタイプ。」そんな目できっと見られていたのでしょう。

お恥ずかしい・・・。


振り返ってみると、声の出し方や言葉の内容に先入観がなくなり、

私自身のかかわりかたもナチュラルになりました。


仲間的認識に入れてもらってから、

みんなさりげなく遊びや感想を分かち合ってくれたり。

「うめちゃ~ん!」と呼んでくれるようにもなりました。

「どう感じた?」と問い掛けて、しばらく間があっても 

スルーされることがなくなりました。



この、立ち位置。

自分では気づかないうちにメガネが掛かっていたのです。


私は何年保育に携わって来てるんじゃい!

~と、激しくセルフツッコミを入れたくなりました。



気が付くことで、そのシステムを客観的に捉え、手放すことができる。

恥ずかしい気付きだらけですが、

そんな自分を「笑って」受け入れたおかげで

凝り固まった保育の土壌に

自分の在り方を選択する“柔軟性”が出てきたように感じられました。

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プロフィール

ウメハナリレーションズ代表 松原美里 

Author:ウメハナリレーションズ代表 松原美里 



こんにちは!松原美里です。
「子どものために、大人が輝く背中を見せる」をモットーに保育やコーチング・コミュニケーションを切り口に・講師・執筆・監修を通じて日本を元気にする活動をしております。

横浜女子短大 保育科を卒業。保育士資格・幼稚園教諭二種免許取得。横浜市の保育園~川崎市の児童養護施設にて保育に携わる中で子どもを支える大人のサポートの必要性を感じ、コーチングの道へ。2009年に米国認定コーアクティブコーチ資格取得。All About「育児の基礎知識」元ガイド。現在はエクレス子どもの家保育園 施設長の傍ら、コーチング・研修講師として保育士・子育て支援講座、監修等を行っています。
こちらのブログでは、日々の活動の様子や、仲間との「人生を謳歌する毎日」をお届けしています。

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 認定こども園、新制度へ移行しました!私は保育園部の施設長です。

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